自分の価値を思うとき

2016年12月20日

最近若い営業マンやら編集者に、以前のような情熱あふれる人が少なくなったように思う。
まあ、時代が変わったということなのだろうし、スマホ時代の若者であるから、私の世代と同じように仕事ができないのはわかっているつもりだ。
 
以前なら私の診療所に営業に来る新人MR(製薬会社の営業マン)に、「そんな営業じゃあ医者は興味を持たないよ」と説教をして、さらには地域の開業医に切り込むには、どうすればいいのか知恵をつけていたりした。
 
この間も、新しい担当のMRがやってきて(決して新人ではなかった)、帰りがけに「先生は本を出しているんですね」と言った。その言葉がいかに私のプライドを傷つけたか、想像もできないだろうが、そのMRとはもう二度と会うことはないだろう。
 
近くの開業医も、自分のところに初めてくるのに何も調べてきていないので、やはりちゃんと調べてから来るように言っているという。
いまや名前でネット検索すれば、なんらかの情報は手に入るはずである。それすらやってこないのだ。
大げさに言えば、命をかけてここ15年以上作家業をやってきた者に向かって、「本を出しているんですね」はないだろう。
少なくとも一冊は読んできて、感想くらい言ってもばちは当たらないはずだ。
 
ようするに相手に興味がなく、あくまで自社の薬の宣伝だけをすればいいと教育されてきてしまったのだろう。可哀想な限りだ。
以前ならいろんな指摘をしたが、もう辞めた。無駄なことである。
こちらは営業に来ても面会しなければいいだけのことである。そっちが興味がないならこっちもないという感じだが、それが意地でありプライドだ。
私の歳になってくると、自分の価値をわかってくれる人だけに会いたいと思うだけだ。
 
 
そんなことを嘆いていたら、私が大学病院にいたときのMRから、私の友人の病院での講演の依頼が来た。
その講演が終わったあと会食となり、懐かしい昔話で盛り上がった。
 
確かに以前はMRの接待攻勢で、医者との関係はまったく別なところでつながっていたが、それでもそこには、お互いが人間として認めて絶対的な利害関係だけはなかったように思う。
医者のやることは製薬会社と利益相反になりがちなので、いまは完全にいろいろ規制されている。それが逆に人間味のある関係が築けなくなってしまったようにも思う。
 
いまやMRは大量リストラで、ネット配信で医薬品の情報を出すだけになってきている。それは合理的なのだが、患者さん以外の人に会うチャンスの少ない開業医にとっては寂しい限りである。
 
アメリカの航空会社ジェットブルーが、大雪で大量の欠航便が出たとき、航空券代を全額返金して、さらに無料航空券まで出してその危機を救ったという。それによって客から信用を得て経営危機を救うことになった。
「期待される以上のサービスを」が売りだそうだが、それを考えるといまのMRの状況、世の中の利益追求だけ、合理性だけを求める会社や組織はやはり次第に縮小していってしまうのは仕方がないのかもしれない。それを続ければ人間関係も文化もなくなってしまうように思う。
 
まあそこまで大げさなことを言わなくても、せめて相手に興味を持てば、そう言いたくなってくる。

 作家・医学博士 米山公啓 執筆者紹介

 作家・医学博士 米山公啓

1952年山梨県生まれ。作家・医学博士。専門は神経内科。1998年に聖マリアンナ医科大学内科助教授を退職。現在は週4日、東京都あきる野市にある米山医院で診療を続けるかわたら、実用書や医学ミステリーなどの執筆から、講演、テレビ・ラジオ出演など、幅広い活動を行っている。著作は280冊を超える。主な著作には「もの忘れを90%防ぐ法」(三笠書房)「脳が若返る30の方法」(中経出版)「健康という病」(集英社新書)など。趣味は客船で世界中の海をクルーズすること。

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